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カイシン。

誰にも伝える必要がないしうまく話せる自信もないがなんだか残しておきたいことをずらずら書き連ねる場所兼日記

学生野球を引退した話

ずっと前にプロ野球は終わってるんですけどね。

 

草野球の大会が昨日終わり(1-1のまま終わり、じゃんけんで負け)、今年の全ての大会が終わりとなった。同時に大学生としての野球も終わりになったわけだ。

高校で野球をやってなかった自分が軟式野球とはいえ、大学で野球ができるのかという緊張もありながら結局5年間頑張ってこれた。

別に野球人生での終わりではないが、学生野球は終わってしまった。「朝練は何時から~」とか「毎週何曜日の何時からは練習で~」とかそういう野球はない。いままではやる気と元気さえあれば週に何回か野球が必ずできた。でもこれからは週1どころか月1で野球できるかもわからない。一応クラブチームには所属するんですけどね。自前のグラウンドがないから、毎週末野球できる保証がないからね。

 

いい機会だから今までの野球人生を振り返っていようと思う。。。

 

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小学生時代

    小学1年生の3学期だったのは覚えている。5歳上の兄が所属していた少年野球チームに俺も遊びに行った。当時何をやったか、どんな練習をしたか、全く覚えていないがあんまり苦労した覚えはない、ような気がする。”悪魔球場*1”という名のグラウンドで週末は朝から野球をやり、昼は親の作った弁当を食べ、コーチが買ってきたガリガリ君を食べ、近くの市民の森で鬼ごっこをして缶蹴りをして午後もまた野球。小1から小6まで毎週土日は1日中野球をやっていた。土日にゲームやお出かけして遊ぶことはほとんどなかったし、別に遊びたいとも思ってなかった。

 

    ……いや、今思い出せば、遊びたいとは思ってなかったが野球から離れた時期はあった。小6の春に腰を痛め、小6の夏は野球に行かなかった。野球に行かなかったのに小学校のバスケ部の練習には行っていた。筋が全く通ってない、けど、なんか自分の中では言い訳していた気がする。今考えたらこの頃から野球に対する疑問が浮かんでいたのかもしれない。

 

 

なんで俺、野球やってんだろ

 

 

    間違いなく好きだった。投げて、打って、捕って、こんなに面白いスポーツはないと思っていた。でも気付いたらバスケを心底楽しんでいた。バスケめっちゃ面白いじゃん。パスして、ドリブルして、シュートして、なかなかバスケもいいねえ、不思議と腰は痛くなかった。

    禁断の果実を食べたアダムとイブのように、全く知らない世界、価値観が流れ込んできていた。え、バスケこんな面白かったんだ。じゃあサッカーはどうだろう、テニスはどうだろう、吹奏楽はどうだろう……野球から気持ちは離れていった。

 

    小6の秋には野球に復帰したが、怪我前のような気持ちで野球に向かっていなかった。バスケの大会のために野球を休むこともあった。そんなフワついた気持ちのまま少年野球チームを引退し、中学生になった。

 

中学生時代

    中学校に入学すると部活の数が飛躍的に増える。小学校ではミニバス部と吹奏楽部しかなかったが、中学校には多くの部活がある。目の前に可能性が広がっている。考えたこともないけどバレーボール楽しそうだな、サッカーいいねえ、バスケそのまま続けるか、もちろん野球もあるが…。

    一番得意だから、という理由で野球をやるのはなんか嫌だった。しっかり考えて選びたかった。中学生、視野が広がり自分で選択することが多くなる年齢で、今までなんとなく兄がやっているからとか、なんとなくみんなやるみたいだからとかでやってきた野球、ピアノ、ミニバス、その他もろもろのような受動的な行動はしたくなかったんだと思う。

 

    期限ギリギリ、僕が入部届に書いた部活は野球部だった。

 

 何故かと言われれば、やっぱ野球が好きだったからだと思う。それと野球部に入りそうな人が俺以外にいなかったというのもある。なんにせよ、もう3年野球をやってみようという気持ちになった。

 

さて中学生時代の野球はどうだったかというと、多分俺の野球人生、スポーツマン人生の全盛期だったと思う。身体能力的にも中学生のころが一番高かった。本守備は外野だったがチーム事情的に捕手もやり、いろいろ勉強した。

 中2の時の監督になった人が野球素人で、俺がサイン出したりもした。なかなかすごい部活だった。

 市の選抜チームにも入った。選抜チームではかなりレベルの高い監督のもと、かなりレベルの高い野球をやった気がする。「ワンショットで決めろ」というあの練習は今でも忘れない。ピッチャーがストライクを投げて(別にど真ん中というわけでもない)前に打たなかったら懲罰ロングダッシュ。今考えたらとてつもないレベルで野球をやっていた。おかげで大舞台で野球をたくさんやらせてもらった。

 選抜でスタメンで出てたが、俺よりも打力が上で守備力も変わらないくらいのチームメイトがベンチだった。その理由を聞いたときに「なんかお前には使いたくなる何かがある」と言われたのをずっと覚えてるし、これからその感覚を大事にしていこうと心に決めた瞬間だった。

 そんなこんなで一番レベルの高い野球時代も終わり、中学野球も引退。かなり充実した日々が終わった。

 

高校生時代

 あっさり野球をやめた。バスケ部に入部した。人生一番の後悔である。誤解のないよう言っとくが、バスケ部に入部したのは失敗ではない。バスケ部でもいろんな楽しいことがあったが、今振り返ると野球を続けていた方が僕にとってはプラスだったように思う。

 坊主になりたくなかったとか、入った高校がプロ野球選手を輩出するような強豪だったとか、第1志望の高校に落ちたとか、そんな細かい言い訳がたくさん口をついて出てきたが、一番の理由は簡単だ。”燃え尽き症候群”だ。

 中学生時代すごいレベルで野球をやっていた(ように当時は感じられた)。疲れたんだと思う。野球はもういいや…なんて思っていた。でも野球部に入っていたら今の大学には入ってないだろうなあ…。

 結局高校3年間で触れた野球は、千葉ロッテの応援と友人とのキャッチボールとクラスでやった卒業野球くらいだった。

 

大学生時代

 軟式野球サークルに入った。高校時代で得たバスケスキルにそんなに自信がなかったのもあるが、とにかく野球がしたかった。当然ドヘタになってたけど、今までの人生で一番楽しい野球をやらせてもらった。エラーしたやつをヤジって、自分がエラーしてヤジられて、自分勝手に打って、自分の好きなところ守って、まさに草野球だった。楽しい野球にはちょうどいいかなと思い即入部した。

 大学2年になるとある程度野球ができるまでに回復してきた。動きも思い出してきて楽しい野球がさらに楽しくなった。良い仲間にも恵まれ、レベルは高くないがワイワイ野球をやらせてもらった。心底野球を楽しんでいた。

 人生で初めて内野にチャレンジした。バイトで自分の自由に使えるお金が出てきて自分の好きな道具にお金をかけて、今は枕元にグラブ4つが鎮座している。

 大学4年、社会人になってからも所属することになる東北ボローズというクラブチームに誘われた。大学のサークルより高いレベルで、中学生時代の野球に少し近いチームだ。これがまたすごい楽しかった。ワイワイやる野球とはまた違う緊張感で、試合前に胃が痛くなる感覚。大学生になって忘れていた感覚を思い出し、とても楽しい。これからもお世話になります。

 

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うだうだ書いてきた。一度自分の中で整理させたかった部分でもあるからかけて良かった。読んでくれてる人いない気もするけど、まあいいや。オナニーですわこんな記事。

 

さて、これからは学生野球は終わり。仕事と休日のバランスを取りながら野球を一生続けていくと思う。とりあえずお金を貯めてオーダーグラブを買おうかな。何買おう。ミズノプロの投手用か、ウィルソンの内野用か、アーマーの外野用か…。ジームスのスパイクも欲しい。ビヨンドのメガキングも欲しいよー。アーマーの一番高いバッテと組み合わせたらホームラン打てるよ、絶対。

 

*1:隣にお墓があり、今は老人ホームになっている…なんということだ。