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カイシン。

誰にも伝える必要がないしうまく話せる自信もないがなんだか残しておきたいことをずらずら書き連ねる場所兼日記

メディアリテラシーの話

ここ最近キュレーションメディアの問題が大きく取り上げられている。

WELQやMERYなどのキュレーションメディアに掲載されている記事の中に、根拠が不確かなものや著作権上の問題があるものが多数含まれている、というアレだ。

批判が殺到して現在ではすべての記事が非公開にされている、らしい。

 

別にその問題をバッタバッタと切っていくつもりはなくて(切れるほど僕に知識も意見もないし)、それよりも僕は「なんか今はもうこんな時代になっちゃったのかあ」という話をしようと思う。

 

 

以下の話は全部パソコンやインターネットに弱い、いわゆる情報弱者である僕の主観的な話なので注意してね。

 

 

メディアリテラシーを持っているのが凄い時代

小学生の頃、視聴覚室(という名のほぼ物置)にあったWindows98に触れたのが初めてのパソコンだった。社会科の授業か何かで生け花について調べようとして、水色の背景のデスクトップからインターネットエクスプローラを開き、Yahoo!検索から「生け花」と10秒くらいかけて打ち込んで検索ボタンをクリック。30秒くらい待つと検索結果がバーっと表示され、ひどく感動したのを覚えている。

 

パソコン室のWindowsXPにはセーフティロックが掛かっていたけど、視聴覚室のWindows98には掛かっておらず、休み時間のたびに自由にワールドワイドなウェブを飛び回っていた。パソコンを持っている友達の家に遊びに行っておもしろフラッシュを漁っていた。我が家にもパソコンが導入された。

 

そんな時代、「メディアリテラシー」なんて言葉は聞かなかった。と思う。小学生の先生はそんな話をしていただろうけど、横文字は分かりづらいと感じたのか「メディアリテラシー」という言葉は使っていなかった。

 

中学生になり、WindowsXPでOfficeを使う授業が増えた。この頃から「メディアリテラシー」という言葉が出てきた気がする。でもまだまだウィキペディアは信頼度のかなり高いサイトだと思っていたし、HTMLのテキストサイトに書かれたことですら本当のことだと思っていた。

未だに生徒会室のパソコンはWindows98で、マインスイーパーをひたすらやっていた。

あの頃僕の周りで正しいメディアリテラシーを持っていた人はいなかったと思う。本に書いてあることは古い!だってウィキペディアにはこう書いてある!みたいな感じだった。と思う。2chにアクセスしちゃってる俺カッケーみたいな風潮が流れていた。家に帰ってニコニコ動画を見るのが楽しかった。

 

高校生になって携帯電話を持ち始め、情報化社会を実感し始めた。パソコンやケータイでWebを飛び回るのはとっくに普通になってたし、使ってない人なんていなかった。メディアリテラシーを持ってるのがだんだん当たり前になってきたのはこの頃だと思う。

 

 

メディアリテラシーを持っていないのはクソダサい時代

大学生になってレポートとかを書くようになってメディアリテラシーを否応なく意識させられるようになった。まとめサイトやキュレーションサイトを見て、何が本当で何が嘘なのかよく分からなくなることがよくあって、じゃあ調べてみようと思ったらまた別のまとめサイトに当たってよく分からなくなる混沌とした日々だった。

 

そして最近、キュレーションメディアの問題が連日報道されるようになった。偉い人がテレビでメディアリテラシーが云々と言っている。なるほど、今の小学生はすでにスマホを持っていて、メディアリテラシーまで求められているのか。凄い時代になったもんだ。

 

僕が小学生だった頃、メディアリテラシーを持っていないのはクソダサいなんて微塵も思ってなかった。タイピングが早いやつがかっこよくて偉かった。でも今の小学生はブラインドタッチやフリック入力なんて当たり前なんだろうな。ウィキペディアは信頼できるソースではない、なんて常識なんだろうな。

 

でもなんか、今、小学生じゃなくてよかった、と思ってる。今の小学生より12,3年前の僕の方がドキドキワクワクを感じていたと思うから。

 

 

 

っていう嫉妬の記事でした。あんままとまりのない記事書いちゃったなあ…。